なければならぬ時になつて見ると、私自身にさへ不自然を感ずる位ひであるから、ほんとうはその亢奮状態を仔細に写すべきが必要なのであるが、止むを得ず省略せずには居られない。何故なら、そんな亢奮状態といふものは、得て客観者にとつて意味なき滑稽感を強ひるではないか? ましてや、私自身が、自身の、あまりに生真面目なあまりに終に滑稽化された己れの姿を、回想し、再び眼の前に踊り現すなどといふ残酷な業が堪へ得るであらうか! たゞ一途なる情熱家である自分自身に、あはれみ以外のものを感じたくない――のは人情であらうよ。
それはそれとして、あゝ私は、常に、何といふ哀れな情熱家であることよ!
「シノン! シノン! シノン!」
私は、彼の兵士の名前を声を限りに呼びあげてゐた。呼べば応へがある――かのやうに私は夢を忘れ、時を忘れ、忽ち作中の人物等と共に同じ空気を呼吸してしまふのが病ひであつた。――だから私は、滅多に本を読まぬことに努めてゐたのであるが、愛する子供のために東京に注文しておいた騎士物語の一部が駅留便で着いたので、さて、これを、何んな風に面白気に翻訳して、読み聞かせてやらうか? と思つて、早速歩きなが
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