ら封を切つて、下験べをはじめて見ると忽ち自分自身が囚はれの身になつてしまひ、思はず力んで剣を振る、眼を据ゑて不思議な唸り声を挙げる……何うにも仕方がなくなつたので私は、慌てゝ道を変へて人通りの無い、裏山へ向ふ野良路に走つたのである。
「今度の本も亦戦争かい、小父さん?」
「ちよつと絵だけを先に見せてお呉れよ。」
「やあ! 大きな馬だな、腹の真ン中に窓があいてゐるぜ、兵隊が入つてゐるな。」
常々私の朗読のファンである学校通ひの小学生が、口々に呼びながら私の両腕にもたれかゝつて来たのであるが私は、
「待つて呉れ/\、今度のは大分翻訳が六ヶしさうだ、余ツ程丹念に辞書を引いて、はつきりと、とりまとめて置かなければ話は出来さうもないよ。待つて呉れ、晩までかゝつて何うにかまとまつたら、いつものやうに納屋《ナイヤ》のサイレンを鳴すから、そしたら皆な集つて来いよ――」
と辛うじて弁明して、野良路へ逃げ込んだのである。
「シノン!」
と私は呼んだ。「僕等の納屋生活なんて、恰度君の木馬の腹の中の、決死の一夜にも似てゐるではないか!」
シノンといふのは、云ひおくれたが、斯の有名なるトロヤ戦争の殊勲者
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