君に向つて露骨に云ふのか?」
「吾家《うち》は、それほどの金持だから、僕と結婚すれば幸福になるよ――といふやうな意味で……」
「嘘をつけ! それにしても、何とまあ厭な野郎なんだらう。」
「五階――ほうら、もう五階よ。」
「……それぢや、まるで新派悲劇の芝居のやうぢやないか! ――ほんとうに、あんな芝居のやうな出来事なんて云ふものが、公然と、ある[#「ある」に傍点]のかな! でも、まさか、芝居のやうに――娘を呉れなければ、金の借を何うするなんていふほどではあるまいね?」
「いゝえ、それも芝居の通りなの……」
「よしツ! 俺が今夜にでも一緒に帰つてやらう、そんなべら棒な話になんて驚されてゐて堪るものか! ――喧嘩だ。」
 と私は、思はず堅い拳固を鋭く眼の前に突き出した。――そして、側らの窓から顔を空中に曝して、ハーツと熱い息を吐き出し、暫く眼を瞑つて頭を冷さうとした。が、何うしても疳癪の虫は収まりさうもないのである。……馬を飛せて、あの卑劣な男の館へ飛び込む、彼奴の眉間を目がけて猛烈な拳固が飛ぶ、乱闘――そんな光景ばかりが、パラ/\と目眩しくフラッシュするだけであつた。
「七階よ――もう一
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