つでせう。」
「夢も理屈もない――たゞ、この憤激の血潮……。真に芝居のやうだ。」
「何、云つてるの、ひとりで? ――あツ、八階ぢやないの――」
「おゝ、綺麗だ、街の灯! ――早く、いらつしやいよ。」
 細君とメイ子が口をそろへて賞讚し、一歩おくれて階段を昇つて来る私をせきたてた。
「デパートでは、近頃女のエレベイター係りを使つてゐるんですつてね?」
「えゝ、さうよ。」
「あたし応募して見ようかしら?」
 ……何うしても俺はメイを送つて今夜にでもR村へ行かずには居られない――などゝ呟きながら凝つと夜空を眺めてゐた私の耳に、二人のそんな会話の一片が聞えた。



底本:「牧野信一全集第四巻」筑摩書房
   2002(平成14)年6月20日初版第1刷発行
底本の親本:「経済往来 第五巻第八号」日本評論社
   1930(昭和5)年8月1日発行
初出:「経済往来 第五巻第八号」日本評論社
   1930(昭和5)年8月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:宮元淳一
校正:門田裕志
2010年1月17日作成
青空文庫作成フ
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