した。そして急に性急な調子に立ち返つて、
「誰だ/\! その結婚の申込者といふのは僕の知つてゐる男か。そんな素晴しい申込みを決行して、若しもメイ子が承諾したならば、そいつは天下の幸福者だぞ、一体それは何処の伊達者《ダンデイ》だ?」――などゝ息をはずませた。私が、此頃一寸でも物事に亢奮すると決つて、その口調が科白のやうになる! と云つて、細君とメイ子は慣れぬ周囲のために苦笑を浮べたが、細君は更に私の耳に、そつと、だが颯爽たる力の籠つたかすれ声で、
「それが作次さんなんですつてさ!」
 と囁いた。
「馬鹿野郎!」
 と私は思はず叫んで、ドンと卓子を叩いた。――「ふざけるな! ……馬鹿にするな……大馬鹿奴!」
 細君とメイ子は困惑して酒場から逃げ出した。私は、悪漢のやうに二人の女の後を追つて、階段を昇つた。
「厭だわ、あんなところで、あんな大きな憤り声なんて出して! 見つともなくて凝つとしてゐられやしない。……屋上まで、段々を昇つて行きませう……八階あるから……Count ten! その間には、その怒りの発作が鎮まるだらう。」
 寂とした鉄の階段で、私の頭上を昇つて行く婦人の靴の音が、慌たゞ
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