と云ひ残して出て行つた。注意して見るとそれは私が村を出て来る時にメイの家に残して来たフェンシング・スォウルドだつた。村にゐる間私は、運動と称し、稍ともすれば是を振り廻してゐた。
 私はメイ子の親切気と、そして現在の下宿の四畳半とを思つて、困つた顔で、その箱を取りあげ、鉄砲のやうに担いで外に出た。
 間もなくメイ子は、白いベレイを斜めにかむり、白い踵の高い靴でコツ/\といふ音をたてながら細君に伴れられて私が待つてゐる酒場に現れた。
 Yに、私はメイ子を紹介した。
「タイプライターなら、あたしも打てるんですけれど、二人は使つて戴けないでせうか?」
 メイ子は突然Yに訊ねた。メイだつて清子だつて、同程度にタイピストとしての資格はある。彼女等はR漁場の私の展望室で充分な練習をしてゐたから――。
「だつてメイは!」
 と私は思はず口を出した。――「メイは自分の家で働かなければならないのは解りきつてゐるのに?」
「それがね、さつきメイちやんから聞いて驚いてしまつたんだけれど……」
「云つては、厭――何だか……」
 とメイ子は赤い顔をして横を向いた。――「屋上に伴れてつて……景色が見たいわ、あん
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