グの地下室にある酒場で、辛うじて窓から首を出して空を仰ぐと、黒い建物と建物に挟まれた細い空が、青い巨大な帯のやうに望まれた。
「星月夜だよ。叱ツ、木馬はトロヤ城の近くに進んでゐる。」
「さうだ、その意気で俺達同人は新しい雑誌を盛りたてながら、新作にとりかゝらう。」

     六

 ある日私と細君は東京駅で、メイ子を迎へた。
「昨夜《ゆうべ》の電話では、清さんも一緒の筈ぢやなかつたの?」
「えゝ、……でも急に……」
 メイ子が云ひ渋つたので私は別段諾きもしなかつた。
「ね、先に、踵の高い靴を買つてよ。」
「ぢや、二人で二時間ばかりの間で、メイの仕度をして来ると好い。――僕は、いつもの地下室のタバンで待つて居るから――。それにYのオフィスは、あの建物の六階にあるんだから恰度好い。」
 Yといふのは商業に従事してゐる私の友達で、私は清子を其処のタイピストに頼み込んだのである。メイ子は清子の代りに、その返事を聞きに来たらしい。
「ぢや大忙ぎで行つて来るわ。」
 細君が娘の手をとつて立ちあがると、メイ子は、腰掛の隅に立てかけてある変に細長い箱を指差して、
「これを持つて来て上げましたわよ。」
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