五
「僕は、そんな戯曲を半分ばかり書いたゞけで、R漁場の半年あまりの生活を引きあげたのであるが……」
「道具建が変つて、書けなくでもなつたといふのか――。早速メイちやんにでも清さんにでも来て貰つたら何うなのさ。」
と都の酒場で会ふ私の友達が、彼女等の来京を促した。それは私の生活が幾分でも落ついたら先づ清子が都に来て、職業婦人か或ひは再び学生々活を続けたいから――といふやうなことを、私は娘に頼まれてゐたので、そんなことを時々私が更に友達に告げたりすることがあるからなのだつた。然し、私の「生活」はさつぱり「落着く」段にはならなくつて、その上私は久し振りの東京生活が面白くて始終ふは/\と飛び歩いてゐるばかりだつたので、
「否《ノー》――」
と云はずには居られなかつた。――「メイや清さんのことは忘れなければならない、僕は――。斯んな酒場に現れて斯んな風に酔つ払つてゐると、戯曲も何もあつたものぢやない、俺は何だか夢のやうだ、R漁場の俺の展望室が装ひを凝して、太平のトロヤとなり、凱旋をした木馬が、その腹の中の部屋を兵士の饗宴場として夜に日をついだ――そんな、有頂天を覚ゆる……おゝ、此処に
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