闘剣《グラジエート》の相手にもならう、そしてお前の突き出す鋭い剣に射抜かれて、死んでしまつても、存外悔もなさゝうだわい。」
そこで、芝居では、博士が学生の奇智を賞讚して、抱擁する場面になるのであつたから、私も、腕を延して娘を引き寄せようとする途端、
「ストップ!」
と、また帷の向方で声がして、同じく学生に扮した清子と、そして、冬の外套を着てゐる細君が現れた。
「さあ、貴方出かけませう、此方の支度はすつかり出来てゐるのよ。馬車も来て待つてゐるのよ。――着物を著換へて……」
「…………」
さうだ、私達は此晩村を出発して、町に赴き、翌朝早く東京へ旅立つ筈であつたのを私は、うつかり忘れてゐた。
R漁場が、結局作次の一族の経営に移るかも知れなかつたし、常々私は、都の友達から、そんな田舎へくすぶつてゐないで、君は一日も早く、芸術同志の友達がゐる都へ移つて来なければならない! とすゝめられ、自身の心も大いに動いてゐたところなのだつた。
「そして、その二人の恰好は何の意味なのよ?」
と私は娘達を指差して、細君に訊ねた。
「写真を撮るのだつて――この部屋の思ひ出のために――そして、あなたの、あ
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