モッケする構へのまゝで訊ね返した。
「さうです、貴方を私がモッケする嘲りの尊称です。――古典芝居の科白を真似るわけではございませんが、滾々として湧沸る熱情より他に、貴方を幸福にさせる何物もないといふことにお気づきになりましたか。万巻の書は結局、たゞ貴方の心を悲しめ、憂鬱にさせるためだけに存在するといふことにお気づきになりましたか、先生?」
「違ふ――」
 と私は、思はず「モッケ」から翻つて「突き」の構へで帷に向つた。――「違ふ、――私は人間としての最も不幸なる四つの偶像観念から開放されて、冷い研究所の扉を排して突入するための亢奮で、立つて、希望に充ちたオーミング・アップを試みてゐるところなんだよ。」
「笑はせるな――劇場偶像の奴隷奴! 種属偶像の旗持奴! ――酒場へ行かう、仕度をしたまへよ。お金の仕度は入らないよ、此方はとうに気を利かせて、お前の在庫書物を抵当にして町の金持から金貨を三枚貰つて来ましたよ。」
「……おい/\、お前は一体誰なんだ。何だか変だと思つて考へて見ると、お前の云つてゐることは、俺が今書きかけてゐる戯曲の科白ぢやないか――。迂参な奴だ、そこを動くな――何時この部屋に
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