お前は何んな心地がしたの?」
 と私も憂ひ顔をして、憐れな細君を胸近く引き寄せて訊ねずには居られなかつた。
「何云つてんのよ、馬鹿ツ!」
 細君は私の胸を払ひのけて、その代りに清子を引き寄せて、
「お前は何んな心地がしたの? だつて!」
 などゝ私の口真似をして、肚をかゝへた。
「ほんとうにね――変に真面目さうな顔になつたりして……」
 などゝ清子も続けて笑つた。
 私は、酷くてれ[#「てれ」に傍点]て頭を掻きながら、にはかに空々しくメイ子と細君の魚籠を覗き込んで、
「獲れた/\! 此処ばかりは大漁だ、両方合すと五尾もあるぞ――納屋に帰つて、午飯としよう/\!」
 と、わざとへうきんな口調ではしやいだ。

     四

 納屋の三階にある展望室は、三方が硝子張であつたが、漁場が休んで以来帷を引きまはして沈黙を保つてゐた。尤も、この室は私自身が、プライベェトに借り、私が勝手に展望室と名づけてゐるのであつたから、漁場の休みにも営業にも関はりのあるわけではなかつたが、私の春愁の夢が恰も四囲に暗緑の深い帷を降して、幻想の昼寝に閉ぢ込るにふさはしい日々なのであつた。
 部屋の真ン中の大卓子の上
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