な――。呑気なこと云つてやがら……」
「だつて、あの時、あのまゝなら仕方がないぢやないの?」
「煩いな。……早く帰つて、マルシァス河の悲歌でも朗読した方が好いのぢやないのかね――その驚くべき呑気な心境を、悲しみをもつて充すために――」
「御免なさい。もう、その話しないわ。」
娘の父親が漁場主であつたが、失敗を重ねて破産したので、R漁場は近々新しい主権者を迎へる筈だつた。村で、たつた一人だけ、東京の大学を出たといふ理由で、隣りのN村では青年会の団長などを務め、いろ/\と威張つてゐる作次の一族が、その候補者にならうといふ運動があつたが、はじめからそれには納屋の連中がをさまらぬのであつた。作次といふ男は、自分のN村では謹厳さうな態度を保つて稍ともすれば訓話会などを開いて、修身の道を講ずる程の勢ひでありながら、一度自分の村を遠ざかると、若い身空でありながら町の金融界に出没して巧みに詐欺を働いたり、婦女を欺すかの如き業を寧ろ得々としてゐるかの如き輩であつたから、何んなに彼が得意さうに、俺の家は近郷近在での分限家であるぞ、俺の家は斯んな大きな金庫があるぞ、財産は幾万だ――などゝいふやうなことをマ
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