とGは車を止めて、掌をメガホンにして呼ばつたりした。
「たゞに生物の問題のみでなく、森羅万象の姿に於て――その表面の和やかさが直ちにその全容を語るものではないのだね。月夜の庭に引き出されたトロヤの木馬の腹の中に、決死隊の一群が潜んでゐたかのやうに――嵐は何処にでも潜んでゐる――悲しむべきことだつて、様々な仮面をかむつて、其処にも此処にも幾らだつて転つてゐる筈だよ――清ちやん!」
私は重々しく自信あり気な口調で、そんなことを唸り、今更のやうに娘の首を傾げさせたりした。
「納屋の人達の遣場のない鬱憤を思つたつて、忽ち僕は息苦しいペーソスに打たれるよ。斯んな時に一人の悪人でもが現れたら僕等の鬱憤は忽ち其処に向つて集中し、見る間に退治してしまふだらうがな。」
「N村の作次見たいな人、悪人かしら?」
「人の軽蔑感を誘ふものは、それ自体悪である――といふのは古来のギリシャ思想にあるが作次の行為なんて軽蔑に価するね、未だ鬱憤を向けるべき緒口が現れぬから彼自身無事であるが――」
「あたし幸福だつたのね。……あの儘だつたら作次と結婚したかも知れなかつたのね。」
「結婚したかも知れない? だつて! 馬鹿
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