を丹念に読んだら、悲しくなつたので、ほんとうに安心したわ。――ほんとうの悲しいこと――とか、或ひは、その反対のことなどゝいふものは、この現世に在るものではなくつて、人の想像の中にだけ在るのぢやないかしら――」
「……さて、それは何ういふものかね?」
「厭あよ、上の空で聞いてゐては……」
「決して上の空ぢやないよ。――何うして吾々の世界に、芸術の世界に、悲劇や喜劇が生ずるに至つたかといふ歴史を回想すれば自づとそれは自明になつて来る問題ぢやなからうかね。その古い/\歴史を遡るには、こんな春の陽《ひかり》を浴びながらでは、呼べば直ちに応へる――といふ風には、何事も返答出来なからうぢやないか。」
 二人は、斯んな問答をとり交しながら、腕をとり合つたまま小川に添うて歩みを運んでゐた。
「やあ! Gさんの牛車も堤の向方側で、此方と平行に進んでゐるぜ。」
 私は、また片手を挙げて、
「おーい、Gーさん、H君は納屋に居ないツてさ。だから僕は、この儘納屋には帰らないよ。」
 と言葉を送つた。
「さうやつて、二人が歩いてゐるところを、此方から見ると、まるで恋人同志が春の野原を散歩してゐる見たいだア!」
 
前へ 次へ
全35ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング