、だがまさか笑つた顔も見せられない、笑ひが必ずしも朗かの表象でもなからうが、兎も角僕は笑へないのだ、「泣き笑ひ」といふ心持もない、そこで極くあたりまへに、とならなければならないのだが、その落ちつきはまた持合せぬ、写真は例に過ぎない、この惨めな心が、だ。――「これは、たしか去年の冬だつた、未だ親父が生きてゐた頃だつた。」彼は呟いだ。その頃から、彼は、自分を故意に今のやうな、「病人」にしてしまつたのだ。また冬が来たのである。
「冬は駄目なんだ、俺は――」と、彼は意味あり気に呟いだ。
「僕は、毎年冬は駄目なんだよ。」と、彼は自分よりも若い友達に、云つた。「僕は、寒さには何の抵抗力も持たないんだ。――心が縮んで、干からびてしまふんだ。……だから散歩は御免蒙るよ。」
理由を云ふ必要もないのに彼は、気分を衒つて余外な説明をした。心が縮んで、干からびてしまふんだ――それも勿論わざとらしい自己吹聴ではあるが、もう少し常識的の言葉で云へば好さゝうな筈だが、加けに相手は文学嫌ひの工科大学生のBといふ運動家なのだが、これは彼の感じの上では嘘でもなかつたのだが、「冬に……」とか、「寒さ……」とかなどゝいふの
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