斯んな途方もない妥協心を持たうとする、姑息な弱さには辟易せずには居られなかつた。――そんな弱さに凝つと閉ぢ籠つてゐると彼は、何処までも心が、どんな刺激に対しても、吸はれて煙のやうな妥協性で、見る間に消えてゆくやうな思ひがした。消えまいとして、馬鹿な弱さを振り払つて、変な力を胸に思ひ切つて忍ばせて見ると、浮びあがる己れの姿は千辺一律で、物体に近い程の愚より他になかつた。彼は、もうとうに己れの愚を笑ふことには飽きてゐた。――彼は、自分の凡てが、態度、風彩……そんなものまでが、気障で、気障で、堪らなかつた――上滑りの感情で、定り決つた一つの考へ方の下に心を浪費して来た罰で、今では、そんな風に、空想力と感情の鈍い青年が往々落ち入る珍らしくもない患者になつてゐることを彼は、未だ気がつかなかつた。これもその箱から見つけたものであるが、丁度一年程前「自己紹介」といふ題で、返事を徴された時の返事であるが、曰く――どういふことを書いていゝのか何の見当もつかない、写真は笑顔を示さずに撮るのが普通だらう、そして男ならば成るべく深刻気な苦味を添へて――。だが僕には、深刻もなく苦味もないから六ヶしい顔も出来ない
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