好いBを当惑させた。
「一処に酒を飲むから、今日は算術の話だけは止めてくれよ。」
 Bは彼に、そんなことを頼むやうにさへなつた、が少し酒が回つて相手がBだと、飽かずに彼は、同じことを云ひ出すのであつた。
 ――若し今度C氏に会つたら、一寸あの小説の終ひのところを言ひわけして見ようかな! そつと彼は、さう思つて、直ぐに冷汗に閉された。――彼は、理髪に行く度に、頭髪の格構が変つてゐた。注文をするのが嫌ひだつたから、何時でも問はれると「イヽ加減にやつてくれ。」と無愛想に答へるだけだつた。
 二三日前に刈つて来た頭は、「スポーツ」と称する近頃流行の形だといふことをBが教へて呉れたのである。周囲を思ひ切り短く刈り、脳天に一握り程の頭髪が残つてゐる刈り方だつたが、Bのやうな偉丈夫ならば、好もしかつたが、彼だと見るからに軽卒で、それを眺めた時には彼の細君は、思はず噴き出して、彼の気嫌を損ねたのであつた。その短いところに風がしみて彼は、始終首を襟の中へ埋めてゐるやうな新しい癖が出来てしまつた。――風がしみないにしても、何も彼も間の悪いことばかりが多くて、襟の中に耳まで顔を埋め続けたい気がしてゐた。だか
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