ゐたが、どうかね?」
「僕の女房は、僕のあの言葉にだまされて、ジヤケツを二枚も編んだよ。」
「ハツハツハ……」
「春になつたら……といふ僕の言葉は、もう信用しないかね」
「夏になつたら、泳ぎに行くかね……」
自分が冗談のやうな体裁で、話してゐるにも係はらず彼は笑つてばかりゐるBの言葉から依り所のない圧迫を感じた。
「僕の気分は、常に徒らな、小さな循環小数に過ぎないんだ。それぢやア駄目だね、ね、B君! それも酷く簡単な循環小数なんだよ、だが算術的能力に鈍い僕には、ちやんと鉛筆をとつて計算の上句、答へを求めて見ないうちは、それがさういふ種類の小数であつたかといふことが解らないんだ。最初与へられる数字が、何時も定つてゐて、そして勿論答へは何時も同じわけなのだが、直ぐに忘れてしまふんだな、そして毎日一度宛、その計算すら滅茶滅茶になつて……」
「少し酔つて来ると、変なことばかり云ふんで面白くないなア……」
「だつて君は、工科大学生ぢやないか。」
「それが、どうしたのさ、フツフツフ。」
「文科であつた俺よりは、算術は出来さうなものだ。」
時々彼は、そんな他合もないことをしちくどく喋舌つて、人の
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