らはらになつて、面白い自分の存在を感ずるなどといふ馬鹿気た真似が出来る筈はなかつたのである。――斯う気がつくと石のやうな酔ひに沈んでゐる自分を彼は、持て余さずには居られなかつた。眼の前に感ずる母が、怖ろしく空々しかつた。――折角酔も回り、好きな芸者達も来たところに飛んだ邪魔物が現れた――と、迷惑がるより他になかつた。
「随分外は寒かつたでせう、もう直ぐ帰りますからまア少しお飲みなさい、風邪でも引くといけませんからね。気の毒でした、気の毒でした。ハツハツハ。」
彼は、突然滑らかに気嫌好くそんなお世辞を云ひながら、母の盃に酌をした。
その先のことを彼は、大方忘れてしまつた。午近くに眼を醒した時には、ちやんと自分の家に寝てゐた。気嫌の悪い真似は何もしなかつたことだけは朧ろ気に覚へてゐるし、前の晩にも増して母が彼に、親切であることから推察しても、それは大丈夫だつたらしい、と彼は、思つた。
「まア今晩は私と、つき合ひなさいよ。」
田村は、彼の問ひには答へずにまた同じことを云つた。何か母から頼まれたことでもあるのぢやないかな? 彼は、そんな気もした。
「僕は、今日は如何しても東京へ帰らなけれ
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