閉されなければならないのだらう! 彼は、飽くまでも虫の好い考へから、思はず独りで不合理を叫んだりした。また彼は、他に一つでも出来る仕事さへあれば、道徳の壁に囲まれて、石のやうな生活をする方が安易に思はれた。無能地獄――そんな言葉を拵へて彼は、痴呆性に富んだ苦笑を浮べてゐるより他はなかつた。
「お酒の話なんて、面白くないなア!」
どうかして心を浮きたさせたいと彼は、切りに努めたのであるが、無暗に注ぎ込む酒は鉛になつて胸に載積するばかりだつた。
「お母さんが来たら、唄を歌ふツて云つたぢやありませんか。」
そんなことを聞く、と彼は、顔が赤くなるばかりだつた。
「唄なんて、ひとつも知らないよ。」
「もう帰らうか?」と、母が云つた。
「え、……だけど折角だからもう少し……」
彼の声は、絶へ入りさうに低かつた。
「酔はれては、迷惑だよ。」
心から迷惑さうに母は、呟いだ。
「迷惑なら先へお帰りなさいよ。」と、彼は、思ひ切つて云つたのである。
「あれだ!」と、母は、苦笑した。ほんとの母なら、苦笑は余計な筈だつた。カツとして滔々と彼の否を鳴らさなければ居られない母の筈である。「お出でと云ふから、
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