母親を無視した遊蕩的態度を取つて、胸に凝り固まつた滑稽感を散らしたかつた。
「病気が起るといけないから……」
「えゝ、えゝ。」と、彼は、空々しく点頭いた。
「お酒では随分厭な思ひをしましたから。」
「御心配が多うございましたからね。」などゝお園は、変に大業に点頭いてゐた。彼は、一層空々しい気がしてならなかつたが、確りと堪へなければならないものを感じてゐたので――酒でも飲まなければ、反つて病気になつてしまふ――と憎態な調子で口に浮びかゝつた言葉を慌てゝ飲み下した。何としても父親との場合のやうに、陽気になれなかつた。
「――父を売る子! 今度は何を売るんだ。」
 酔つた友達に、斯んなことを彼は問はれたこともあつた。「父を売る子」といふ題の短篇を彼は、書いたことがあつた。
「もう何にもない、すつかり売り尽してしまつた。困つたよ。」
 彼は、明るい心でそんな戯語が云へるやうになつた。妙な、厭な言葉だが、父を売る心には、今にして思へば、幼稚な罪を感じたゞけで、甘く明るい影もあつた。同じく親であるにも関はらず母に想ひを運ぶと、どうして斯んなにも陰惨な影に苛れ、黒血を浴びる程のグロテスクな罪にばかり
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