垂れた。彼は、酔つた時の癖で、トリ止めもなく胸のうちで怪し気なことを呟いてゐたのである。――もう俺は、これから誰とも争ひはしないんだ、中でも阿母とは仲好くしたいものだね、喧嘩をするよりは仲好くしてゐる方が親不孝なんだぜ、何故ツて? だつて俺は面白さを感ずるんだもの、……阿母さん、どうですか、そんなに勿体振つた顔つきばかりしてゐないで、酒でも飲みながら芸者の踊りでも見物しやうぢやありませんか……と、斯う云つて阿母の鼻の先へ、飲み友達でも突きつけるやうに、盃を差し出すんだ……。
「そこでだ。ウワ……面白いだんべえなア!」
「若旦那! どうなすつたのようウ、今ツからそんなにお酔ひになつてしまつては、面白くないぢやありませんかね。」
「ところが吾輩は、面白くつて仕様がねえだアよ。……うむ、飲むとも/\。」
……さア、お飲みなさい/\、阿母さん、ね阿母さん私は、それは/\親孝行なんですよ、安心しなさいよ……と、斯う云ふと阿母の奴、忽ち芝居掛つた鼻声で、わたしはお前を育てるのには随分苦労したのだよ、何しろ阿父さんが長い間留守で、その間のわたしの苦しみと来たら――なんて得々として吹聴するだらう――
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