てしまつたので、悪戯の心を突然白けさせられた。――母の云つた通り少々頭が怪しくなつてゐるのかな! 彼は一寸さう疑つても見たい位ひな淋しさを味つた。
「俺が死んでゝもしまへば好い位ひに思つてゐるかも知れないよ、彼奴等は……」
 父は、そつと口のうちでそんなことを呟いだりした。
「何をつまらないことを云つてゐるんですよ。彼奴等とは何ですかね、さつぱりわけが解りやアしない。」と、彼は不平を洩しながら、病人を眺めるやうな眼つきで、そつと父を窺つたりした。タキノ家には、代々精神病の血統があるのだ。よく彼の母は、タキノ家を軽蔑する為に「気狂ひなんていふものは、肚の据らない臆病な人間の罹る病気なんだよ。お前もお酒を飲むと少々怪しいよ。」などと云つたこともある。一代に一人宛出るといふ話だつた、父の叔父がその病気を病ひ、父の弟も亦それに罷つたので、そんなことを云ひ伝へたのかも知れなかつたが――。
「俺を気狂ひ扱ひになんかするんだから、失敬極まるぢやないか。」と、父は云つた。彼は、ゾツとした。叔父の場合で彼は、幾度も経験したが、病ひの初めは「俺を気狂ひ扱ひにした。」と、称して怒鳴り出すのが常だつた。
「嘘
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