。
「ロビンソンは独りだぜ。」
茶飲み茶碗などで酒を傾けてゐるので、忽ちポツとして来た彼は、卑し気な笑ひを浮べてお蝶を振り返つた。
「ワツハツハ……止せ/\。」
「おい、お光ツちやん――お酌だア、お酌をするだアよ、何処かその辺へ出かけて姐さんとか友達とかを四五人呼んで来ウよう。」
彼は、景気の好い声で、茶碗の盃を振り動かせながら叫んだ。
「呼びになんて行かなくつたつて、若少したつとやつて来るよ。」
「呑気で面白いなア!」
「馬鹿ア! 俺アもう無一物になつてしまつたんだぜえ!」
「アツハツハ、仕方がないですなア!」
なア! とか、だア! ぜえ! とかと語尾にばかり筒抜けた濁音を響かせながら、別に可笑しいこともないのに厭にゲラゲラと笑つてばかりゐる不思議な父と悴を、お蝶達はきよとんとして眺めてゐた。
「阿母さんが、阿父さんの意久地なしには驚いたなんて云つてゐましたぜえ、さつき!」
「勝手なことを云はせておけ!」
彼は、さつきの母の物語りを伝へて父と一処に笑ひ、お蝶達の苦笑も眺めてやらう、と謀つたのだが、前にはさういふ話になると面白がつた父にも係はらず、ふつと暗く厭な顔をして横を向い
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