の母親のやうだ、手前ンとこの婆アは! 娘を売つた気でゐやアがる。」
 周子は、もう一本の徳利を取つて、また同じやうに箪笥に打ちつけた。
「これだけ損をする位ひなら、芸者でも細君にした方が余ツ程増しだ。」
 彼は、不図まつたくそんな気がしたのだ。それにしても芸者を細君にするには、何れ位ひの金が必要だらうか――などと思つた。熱心に、そんなことを思つた。だが自分には何の働きもないし、今では周子の親父のおかげで此方も貧乏になつてしまひ、辛うじてその日暮しが出来る位ひのもので、とてもあんな余裕はなさゝうだ――などと、ぼつとして考へると、更に新しく馬鹿々々しい後悔を感じた。だが彼は、そんな思ひは努めて気色に現さうとはせずに、この上乱暴をされては面倒だなどと思ひながら、急に猫撫声を出して「お止め、お止め!」と、云つた。それだけでは物足りないので「この上乱暴なんてすれば、一層価打ちが下るばかりだぜ。」などと云つた。
「自分の親父は、……」
「何しろお前は、大した親孝行者だよ。」
「何云つてゐるんだい、しみつたれ! あたしの家なんぞは、今こそ落ぶれてゐるが、そんな小田原あたりの貧乏士族とはわけが違ふんだ
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