「さうさ、自分が重役になつてゐて、出したお金を取り戻さうなんていふことが出来るものですか。」
「何だと、俺が何時そんなものになることを承知した。」
「あたしに云つたつて知つてるものですか! 自分の阿父さんのことだつて考へて見れば、好いぢやないか、うちのお父さんのせいにばかりしないで。自分だつてもう一人前の年ぢやないか、男らしくもない、いつまでも親父のことになんか引ツかゝつてゐて……」
「悪党の娘!」
 二人だけだと、どんなに彼が殺気だつても、慣れ切つたやうな顔で周子は、洒々としてゐた。もとはと云へば彼の罪だらう、こんな風に取り返しのつかない教育を彼女に施してしまつたといふことも――。
「英一をたつた今、伴れて来て貰はう。」
「随分あなたも邪推深いのね。」
 彼は、最も憎々しい言葉を探して、この蛙のやうな女の顔に叩きつけてやらう――などと思つた。周子は、賢太郎が編みかけて行つた自分の上着を編み続けてゐた。――悪い両親を持ち、そして小人の夫を持つたこの女も、若しかすると俺以上に不幸な奴かも知れない――彼は、そんなことも思つたが、今宵英一が行つてゐる周子の実家のことを考へると醜い焦慮を圧へる
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