ヤア!」と、英一は叫んだ。おや、もうあんな生意気を喋舌るやうになつたのかな! などと彼は、思つた。
 未だ外が明るいうちから彼は、晩酌をはじめてゐた。英一は、玩具の自動車に乗つて彼の周囲をグルグルと駆け廻つてゐた。
「毎日何をしてゐるの?」
「勿論勉強だよ。」と、彼は云つた。
「英一が動物園へ行きたいんですツて!」
「お前伴れてツてやれな。」
「だつて、あなたお留守居を厭がるぢやないの?」
 そんな話をしてゐるところに、周子に使ひにやらせられた賢太郎が、大きな包みをさげて帰つて来た。賢太郎は、丁年の周子の弟である。大崎に居た頃程でもないが、この頃はまた周子の里は貧乏になつて、加けに行衛不明だつた姉が父親の解らない赤児を伴れて戻つて来てゐるのださうだつた。賢太郎は、その時分は学資に事を欠く程でもなかつたのださうだが、極端に内気で、殺されても厭だと云つて如何しても中学の試験をうけなかつた。尋常科を卒業したゞけで、漫然と成長してしまつた女のやうに優しい青年だつた。言葉使ひだとか物事の興味とかゞ、全く女だつた。尋常一年生の妹の学校通ひの服装は、凡て賢太郎が意匠を施した。編物とか子供服などの裁縫
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