、彼は眼を瞑つて云つた。
「でもね、あたし達は好いけれど英一が可愛想だから、残るものなら何とかしてやらうツて、うちのお父さんが云つてゐますよ。あなたから、好く頼んだらどう? お坊ちやんがつてゐられる事でもないし、場合だつて……」
「そのうち頼まうよ。」
 彼は、横を向いて力なく呟いだ。
「東京へ来てツから、すつかり意久地がなくなつたのね。」
 周子は、さう云つて快《こころよ》げに笑つた。

[#5字下げ]四[#「四」は中見出し]

「父の百ヶ日前後」の頃には、愚かなりにも彼の心に病的な緊張があつた。父の幻を生々と、心に蘇らすことが出来た。今では、その幻も「お伽噺」となつて哀れな余影を、彼の眠がりな頭の隅に残してゐるばかりだつた。
 たゞ愚図/\と、いぢけた日ばかり送つてゐても滅入るばかりだ、と思つて、彼は四五日前から、何か架空的な小説でも書かうと思ひ立つたのだが、終日机の前に坐つてゐても、たゞ物憂く情けなくなるばかりで、結局寝床にもぐつて暮してしまつた。
「神経衰弱といふ病気なのかな!」
 そんな風にも思つて見たが、酒を飲むと相当元気になるところを思ふと、これも空々しく、彼は苦笑を洩す
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