、どんな酷い目に遇ふか解つたものぢやない、自分の心のまがつてゐるのも気附かないで――」
「まがつてゐたつて、まがつたなりに素直なら好いだらう、例へば大工の物差しは、あのやうにまがつてゐたつて、それでちやんと役に立つんだからね。」
波瀾をおそれてゐた彼は、笑つて、そんな出たら目を喋舌つた。周子は、つまらなさうに顔をそむけた。
「春になつたら、俺はアメリカへ行つて来たいと思つてゐるんだ。」
さう云つて彼は、アツ、こんなことは口へ出すんぢやなかつた、と思つたが、徒らに口に出す位ひでは、これは芝居気に違ひない、決心なんてついてはゐないんだ――そんな気がして、彼は、安ツぽい夢を払つたやうな安堵を感じた。
「ハツハツハ、嘘だよ。」
「何云つてんのさ、もうお酒はお止めになつたらどうなの? 十一時過ぎよ。」
「まア好いさ、いろいろ俺は考へごとがあるんだから……」
「ぢや、あたし寝るわよ。」
「どうも貴様の病気は怪しい、誇張してゐるに違ひない。」
「勝手に思つたら好いぢやないの――自分の悪いことは棚にあげて……」
「春になつたら、また当分田舎へ……」
「春になつたら、とは何さ、同じことばかり云つてる
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