かに震えてゐた。彼の頭には、何の光りもなく、鈍い神経が日増しに卑屈に凋んで行く、可笑しい程惨めな影が自分ながら朧気に感ぜられた。――口を利けば利く程憂鬱になる、独りで凝つとしてゐると消えかゝる蝋燭のやうに心細くなる――そんなことを思つて彼は、独りで薄ら笑ひを洩した。低い心のレベルで、二つのうらはらな心の動きを眺めてゐるうちに、動けば動く程消極的に縮んで行く玩具のコマになるより他に術がない気がした。どうかね、東京の「新生活」は? などと友達に訊ねられると、彼は、にやにや笑ひながら「こうなつてから僕は、気分がすつかり明るくなつた。」などと答へた。そして――(だが、気分なんぞは明るくつたつて、暗くつたつて、言葉次第のことだからな。)明るいと云つたつて嘘とも思はないんだが、一寸彼は、胸のうちでそんなことを呟かずには居られなかつた。
「楽は好いが、図々しいのは困るぜ。」
「そんなことばかり云ふ、あなたが我儘なのよ。」
「逆はないやうにして貰ひたいんだ。」
「自分こそ図々しいのに気がつかないの?」
「さういふ風に、一つ一つ反対しないで、少しは素直に点頭くものだよ。」
「そんなことを云つてゐた日には
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