国を訪ることにしようかな……」
 彼は、暗く重く心細いものに胸を塞さがれる思ひがした。
「これは、みんな嘘! Nも、Nの母も、ヘンリーも、俺は何とも思はないんだ、F! 俺は、お前だけに会ひたいんだよ、手紙の書けない理由も解るだらう。――馬鹿奴。」
 それも嘘のやうな気がした。彼の、酔つた感情は、単純で常に支離滅裂だつた。泣き上戸、と云はれたことがある、威張り上戸だ、とからかはれたこともある、母からは、気狂ひだ、と云はれたことがある。
「うーむ、苦しい、あゝ酔つた/\。」
 ――暗闇だ、人通りはない、多少の奇行を演じたつて差し支へはあるまいな――。
 彼は、熱くなつた眼に、手巾の代りにふところから出した遠眼鏡を、ぴつたりと圧しつけた。(涙なんて、滾れるのが不思議ぢやないか、拭いてしまへ/\。)――彼は、立ち止つた。そしてオペラ・グラスを当てた眼を空へ向けた。青く澄んだ空だつた。ところどころに星が光かつてゐたが、硝子が曇つて直ぐに見へなくなつた。彼は、眼鏡の視度を調節する輪を、無暗にクリクリと動かした。青黒い空が、近づいたり遠退いたりした。今度は、公園の夜の景色を眺めて見よう――そんなこと
前へ 次へ
全83ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング