に堪能だつた。
「鞭長しと雖も馬腹に到らず、だよ、事を成すは天に在り、さ。」
 少し酔つて来ると葉山氏の調子は、悉くそんな風だつた。彼には、はつきり解らなかつたが、葉山氏の詩吟で練へたといふ壮朗な音声には打たれた。
「抑々、支那の昔から、生物界は之を別ちて五虫となした、鱗虫即ち竜を長とし、羽虫即ち鳳を長とし、毛虫即ち麟を長とし、介虫即ち亀を長とし、そこで君、人間は何となるかな?」
「知らないですな。」
「万物の霊長だなんて自惚れちやいかんぞ。」
「さうですか。」
「当り前さ、人間は即ち裸虫と称するんだ。」
「ふむ!」
「厭に感心したね、――汝、裸虫よ、嘆くなかれ、眼に太山を見よ、ハツハツハ。」
 一寸感動すると、自信のない彼は、直ぐにその真似をするのが癖だつた。
「真似とは何だ! 失敬な。」
「阿父さんと一処に飲んでゐた頃は、阿父さんの口真似ばかりしてゐたぢやないの。この頃は、またあの藪医者の真似か――もう少し経つたら今度は誰の真似になるでせうね。」
 周子は、そんなことを云つた。葉山氏ともだんだん遠くなつて来た、まつたくこの次はどんな種類の酔漢になるだらうか――彼も、ふとそんな馬鹿な
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