物を畳まうとしたら、袂の中からこんなものが出て来た、今朝!」
周子は、用箪笥から、手の平に握りかくせる程小さな、古いオペラ・グラスを取り出して彼に示した。「どうしたの? こんなものを小田原から持つて来たの?」
彼は、大きな秘密でも発かれたやうに、喉の詰る思ひがした。
「いや、此間友達に貰つたんだ。」
「嘘々、あたしこれ確かに小田原で見たことがあつた。」と、周子は無造作に笑つた。「あたしに呉れない。」
「そりやアやつても好いがね、そんなもの誰にだつて必要ないぢやないか!」と、彼は、口を突らせてうなつた。ぢや、どうしてあなたは斯んなものを袂になぞ入れて出掛けたの? と、云ひ返せば彼がどんな返事をするか、彼自身にとつても解らなかつたが、
「でもよ、たゞ玩具によ。」と、周子は軽く笑つたゞけで、別段興味もないらしく火鉢の傍に投げ出した。彼も、知らん振りをして、ついこの頃になつて初めた晩酌の盃を傾けてゐた。
「ひとりで一升のお酒が、二晩目には足りないのよ。随分あなたは此頃お酒が強くなつたわね。」
周子は、そんなことを云ひながら酒の代りを取りに立つて行つた。強くはない、大概彼は、寝る時は夢中だ
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