け容れられる位ひなら、僕はお前の国へは来なかつた筈だ。」
「バカ!」
「お前に、いつか貰つたオペラ・グラスを僕は今でも持つてゐるよ。此方へ来てお前と一処に芝居へ行かうと思つて、あれはちやんとトランクの中へ入れて来た。」
「お前は、あの時分、ワタシに微かな恋を感じてゐたのぢやなかつたかしら?」
「――僕は、NとNの母に会ひに来たんだ。」
Nは、彼の見たことのない混血児の妹なのだ。Nの幼い写真は知つてゐる。Nの母も写真では知つてゐる。口で云ふ程彼は、NやNの母などに会ひたくはなかつた。漠然と彼女等の存在を思ふと、たゞ薄気味悪い気がするばかりで、会はずに済んで来たものならその方が楽だつた。Nのことを、まざまざと考へると父に対する好意が消えさうにもなる。得体の知れない嫉妬さへ覚ゆるのだ。
「勿論そのつもりだらう、そしてその案内役は勿論ワタシでなければならないね。」
「いや、今云つたことは嘘なんだよ、NやNの母などには会ひたくはないんだ。」
――僕もこゝに永く滞在して、父がN達を得たやうな真似がしたいんだよ――彼は、斯う云ひたかつたのである。
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