遠となるのである。もしこの世から尽《ことごと》くこれらの者を除き去ったならば、啻《ただ》に精神的向上の途を失うのみならず、いかに多くの美しき精神的事業はまたこれと共にこの世から失せ去るであろうか。宇宙全体の上より考え、且つ宇宙が精神的意義に由って建てられたるものとするならば、これらの者の存在の為に何らの不完全をも見出すことはできない、かえってその必要欠くべからざる所以《ゆえん》を知ることができるのである。罪はにくむべき者である、しかし悔い改められたる罪ほど世に美しきものもない。余はここにおいてオスカル・ワイルドの『獄中記』 De Profundis の中の一節を想「起さざるをえない。基督は罪人をば人間の完成に最も近き者として愛した。面白き盗賊をくだくだしい正直者に変ずるのは彼の目的ではなかった。彼はかつて世に知られなかった仕方において罪および苦悩を美しき神聖なる者となした。勿論罪人は悔い改めねばならぬ。しかしこれ彼が為した所のものを完成するのである。希臘人《ギリシャじん》は人は己《おの》が過去を変ずることのできないものと考えた、神も過去を変ずる能わずという語もあった。しかし基督は最も普
前へ 次へ
全260ページ中253ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
西田 幾多郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング