道徳の遺物であるということもできる、ただ現今の時代に適せざるが為に悪となるのである。されば物其者《ものそのもの》において本来悪なる者があるのではない、悪は実在体系の矛盾衝突より起るのである。而してこの衝突なる者は何から起るかといえば、こは実在の分化作用に基づくもので実在発展の一要件である、実在は矛盾衝突に由りて発展するのである。メフィストフェレスが常に悪を求めて、常に善を造る力の一部と自ら名乗ったように、悪は宇宙を構成する一要素といってもよいのである。固より悪は宇宙の統一進歩の作用ではないから、それ自身において目的とすべきものでないことは勿論《もちろん》である、しかしまた何らの罪悪もなく何らの不満もなき平穏無事なる世界は極めて平凡であって且つ浅薄なる世界といわねばならぬ。罪を知らざる者は真に神の愛を知ることはできない。不満なく苦悩なき者は深き精神的趣味を解することはできぬ。罪悪、不満、苦悩は我々人間が精神的向上の要件である、されば真の宗教家はこれらの者において神の矛盾を見ずしてかえって深き神の恩寵を感ずるのである。これらの者あるが為に世界はそれだけ不完全となるのではなく、かえって豊富深
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