己《おのれ》自らの為の活動である。意志の価値を定むる根本は意志其者の中に求むるより外はないのである。意志活動の性質は、嚮《さき》に行為の性質を論じた時にいったように、その根柢には先天的要求(意識の素因)なる者があって、意識の上には目的観念として現われ、これによりて意識の統一するにあるのである。この統一が完成せられた時、即ち理想が実現せられた時我々に満足の感情を生じ、これに反した時は不満足の感情を生ずるのである。行為の価値を定むる者は一にこの意志の根本たる先天的要求にあるので、能《よ》くこの要求即ち吾人の理想を実現し得た時にはその行為は善として賞讃せられ、これに反した時は悪として非難せられるのである。そこで善とは我々の内面的要求即ち理想の実現換言すれば意志の発展完成であるということとなる。斯《かく》の如き根本的理想に基づく倫理学説を活動説 energetism という。
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 この説はプラトー、アリストテレースに始まる。特にアリストテレースはこれに基づいて一つの倫理を組織したのである。氏に従えば人生の目的は幸福 eudaimonia である。しかしこれに達するには快楽
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