なく此の夜は済んだ、翌朝余は早くに叔父の室へ機嫌伺いに行った、叔父は余よりも早く起きたと見え既に卓子に向い、宛も昔検事で居た頃、罪案を研究した様に、深く何事をか考え込んで居たが、余に振り向いて、言葉短かに「お浦を是へ呼んで来い」と云った。扨は早やお浦の仕業に気が附いたかと、少し驚きながら其の命に従ったが、何うだろうお浦は叔父よりも猶早く起きたと見え、今朝早々に荷物を纒め倫敦へ立ったとの事だ、風を喰って逃げたとは此の事だろうか。
余は直ぐに叔父へ其の旨を復命した、叔父は聞き終って別に驚きもせず前よりは更に厳《おごそ》かな声で「夜前の事はお浦の詐略だろう」余「エヽ何と」叔父「イヤ、己は昨夜松谷嬢の元へ給使が手紙を持って来た時、既にお浦が害意を以て嬢を呼び出すのでは有るまいかと疑ったが、其の方が直ぐに後から附いて行った様子ゆえ間違いもなかろうと思ったのに、アノ通りだ、其の方が彼の室へ這入ると直ぐにお浦が外から戸をしめたに違いない、お浦は虎の居る事を知って居たので有ろう」真逆に余が窓から天降った事までは推量し得ぬと見えるが、何しろ其の活眼には敬服だ、余「何うして其の様にお疑いです」叔父「是を
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