錠の卸りて居ぬ者を卸りて居る様に思ったのだろう」と云った。スルト二人ほど「爾だ、爾だ、是も話の種を増したと云う者だ」とて打ち笑った、主人男爵は何か弁解し相に構えたけれど、若し深く洗い立てして客の中の誰かの名誉にでも障る様な事が有っては主人の役が済まぬと思ったか、夫とも真実に自分の思い違いと思ったか同じく打ち笑って「夫にしても合い鍵の用意が有って仕合せでした、合い鍵を右へ廻したか左へ廻したか夫さえ覚えぬ程ですけれど、若し合鍵がなかろう者なら、益々|周章《あわて》て、錠の卸りて居もせぬ戸を、自分の腕が脱けるまで引っ張る所だったかも知れませんアハヽヽヽ」と訳もなく腹を抱えたので、叔父の疑いは煙に捲かれた様に消えた。
併し叔父自身は猶疑いの解けぬ様で、客一同が或いは虎の死骸を評し或いは松谷嬢の狙いを褒め或いは昼間より鉄砲を籠めて万一に備えて置いた主人男爵の注意を称するなど我れ先に多舌《しゃべ》り立てて居る間に、切《しき》りに室の中を詮索する様子で有った、余は眼の角から、見ぬ振りで見て居たが到頭叔父は卓子の下に落ちて居る紙切れの様な者を拾い衣嚢の中へ入れた様だ。
此の外には別に記すほどの事も
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