心まで知って居る様に問う者さえ有ったけれど、秀子は敢て浦原お浦に疑いの掛るを好まぬと見え、成る丈け事もなげに答えた故、客一同は虎が此の室で眠って居るのを余と秀子とが見附け忍び寄って射留めたのだと思って仕舞った、斯う思わせたのは全く秀子の力で、余は益々深く其の心栄の美しいに感心したが、客の中に唯一人心の底で聊か事情を疑った人が有る、夫は余の叔父だ、叔父は物静かでは有るけれど多年検事を勤めただけ、斯様な場合には幾分か当年の鋭い所が未だ残って居る、叔父「夫にしても此の室の戸へ外から錠を卸し爾して鍵まで見えなく成って居たのが聊か不審ではないか」と言いだした。

第十六回 重い荷物

 叔父の不審は成るほど有理《もっとも》至極であるが、併し真逆に余と怪美人とを此の室へ閉じ籠めて外から、錠を卸して去る様な悪戯者が有ろうとは、誰とて思い寄る筈がない、殊に客一同は虎の死骸を取り囲んで思い思いに評をして居る場合ゆえ、此の様な陰気な問には耳を傾けぬ、纔《わずか》に其のうちの一人が「ナニ此の様な遽てた時には必ず後で合点の行かぬ様な椿談が有るもんだよ、多分朝倉男爵が戸の引き手を廻さずに唯無暗と引っ張ったから、
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