谷秀子嬢、貴女を茲で捕縛するは私の最も辛く思う所ですが、私情の為に公の職務を怠る訳には行きません、養父丸部朝夫に対し毒害を試みた嫌疑の為に、貴女は唯今から私の捕縛を受けた者とお心得なさい」丁寧な言葉では有るけれど、其の意味は「御用だぞ、神妙にせよ」と叱り附けるのと少しも違いはない。
 アア養母殺しの輪田夏子、死刑終身刑の宣告を受け、首尾よく牢を脱け出だして松谷秀子と生まれ代わり今は又養父殺しの罪に捕わる、業か因果か、無実の罪か抑《そもそ》も又|覿面《てきめん》の天罰か。
 余と権田とは再び眼を見交わせた、船を同じくして敵に合わば呉越も兄弟、今まで競い争うた恋の敵も、秀子捕縛の声の為には忽ち兄弟の様に成って、言い合わせる暇もないが、早くも二人の間に分業の課が定まり、時介は飛鳥の様に室の入口に飛んで行き、其の戸に堅く錠を卸し、猶念の為にと自分で戸を守って居る、此の心は探偵を其の室から此のままは帰さぬ積りであろう、余も其の呼吸に少しも後れず、直ちに後ろから森主水に飛び附いて、抱きすくめ、爾して其の顎をば拉《ひし》げるほどにしめ附けた、之は声を立てさせぬ用心である。此の様な事には余の大力が最も
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