脱《はず》し爾して手首の所を露出《むきだし》にして余に示した、示されて余は見ぬ訳に行かぬ、見たも見たも歴々《ありあり》と見たのだが、是こそは秀子が生涯の秘密として今まで堅く人に隠して居た旧悪の証跡である、お浦が秘密を見届けたと叫んだも之であろう、高輪田長三が曾て夏子の墓の辺で秀子の手を取り争うて居たのも此の証跡を見ん為で有っただろう、証跡とは他ではない、お紺婆が臨終の苦痛に噛み附いたと云う歯の痕である、肉は死骸の口に残り、生涯不治の痕を遺したと幾度か人の話に聞いて居る、見れば全く骨までも達した者で、三日月形に肉が滅して最とも異様に癒え上って居る、余は二目と見る勇気がない、権田時介は余の顰《しか》む顔を見て「ソレネ、是が貴方と秀子とを離隔する遮欄《しゃらん》です、それに反して私は、之がなくば秀子を我が物とする事が出来なんだかと思い之を月下氷人とも崇め做すのです」と云いつつ其の手を取り上げて熱心に其の傷の所に接吻した、余はゾッと身の震うを制し得ぬ。
第八十八回 逃れる工夫を
三日月形の創の痕を甞め廻して、権田は聊か心が沈着《おちつ》いたのか、余り気狂いじみた様子も見えなくなった、静か
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