ですか」と云ったが「サアお這入りなさい」とは言わぬ、寧ろ「お帰りなさい」と云い度げに構えて居る、余も爾《さ》る者だ、「御覧の通りです、他の人では有りません」と答えて無躾に戸に手を掛け引き開けて、殆ど権田を拒退《おしの》ける様にして室の中に入り、「先《ま》あ掛けさせて呉れ給え」と有り合わす椅子の上に腰を卸した。
第八十六回 差し当りの問題
無理に室の中へ入って、無理に腰を卸した余の無遠慮な振舞いに権田時介は少し立腹の様子で目に角立てて余の顔を見詰めたけれど頓て思い直したと見え「アア何うせ貴方とは充分に話をせねば成りません、寧《いっ》そ今茲で云う丈の事を云い、聞く丈の事を聞くとしましょう」とて、始めて座に就いた。
余は先ず来意を述べ「今夜来たのは松谷秀子の身に就いて篤と御相談の為ですが、第一に伺い度いは、貴方の両三日来の振舞いです、貴方は巴里のレペル先生の許から顔形を持って来た相ですが其の顔形を何うしました」
随分短兵急の言葉ではあるが、権田は物に動ぜぬ日頃の持ち前に似ず、殆ど椅子から飛び離れんとする迄に驚いて「エ、巴里のレペル先生とな、何うして其の様な事を御存知です」余は言葉短
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