田が家の入口に立ち、探偵又は盗賊《どろぼう》など総て忍びの職業をする者が用うる様な忍び提灯を高く差し附け門札の文字を読んで居る、爾して余の近づく足音に、其の者は直ちに提灯を消し、コソコソと暗《やみ》の中へ隠れて了った、何者であるか更に想像は附かぬけれど確かに帽子を眉《ま》深に冠り、目には大きな目鏡を掛けて居た様に思われる、通例の人ではなく、他人に認められるを厭う人だと云う事は是だけで分って居る。
 併し余は自分の身に疚《やま》しい所がないから、敢えて恐れぬ、深く詮索の必要が有ろうとも思わぬ、縦しや有った所で実に詮索する便りもないのだ、其のまま余は中に入り権田の室の戸を叩くと、中には何だか話し声が聞こえて居たが、戸の音に連れ、其の声は忽ち止まり、遽しく物など片付ける様な音が聞こえた、余の察する所では密話の相手を次の間か何所かへ退かせたのだ。
 爾して置いて中から戸を開いたのは権田自身である、戸の間から差す燈の光に見れば、彼は肝腎の話を妨げられて忌々《いまいま》しと云う風で顔に一方ならぬ不機嫌の色を浮べて居る、殆ど眉の間に八の字の皺を寄せて居ると云っても好い、彼は余の顔を見て「オヤ丸部さん
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