子の前に立ち留り、愛らしい夏子の顔形と美しい秀子の顔形とを見較べた、是さえなくば此の様な辛い思いもせぬだろうにと、男にも有るまじき愚痴の念が湧いて来た、余「先生、先生、貴方が秀子と夏子と同人だという事を証拠立てる品物は、唯此の二個の顔形と、裏に書き附けてある貼紙とだけですか」先生は怪しむ様子で「ハイ勿論是だけです、是だけとはいう者の、之が幾十幾百の他の証拠より有力です」余は少しの間だけれど真に発狂して居たかも知れぬ、「是さえなければ秀子の素性を証明する事は六かしいのですネ」先生「爾ですとも是さえ無くば、少くとも秀子と夏子と同人だと云う事を証明するは、六かしいのみならず殆ど出来ぬ事でしょう」余は此の語を聞くよりも直ちに二個の顔形を手に取り上げ裏の貼紙を引き剥《めく》りて、爾して其の顔形を力に任せて床の上に叩き附けた。
先生はびっくりして、余の手を遮り「何をなさる、何を成さる」と叫んだけれど後の祭りだ、顔形は極|脆《もろ》い蝋の細工ゆえ、早や床の上で粉微塵に砕けて了った、余は猶も飽き足らず先生の手を振り払って顔形の屑《かけら》を粉々に踏み砕いた、先生は呆気に取られ、呆然と見て居たが、又忽
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