ち余を捕え「貴方は余りな事を為さる。其の顔形をなくして置いて、爾して私を其の筋へでも訴える気で」余「イエ、爾では有りません、先刻の三千ポンドで此の秘密を買ったのですから、私の自由に秘密を消滅させて了うのです。此の顔形は私の買い受け品です」先生は余の顔と砕けた顔形、否寧ろ蝋の粉とを見較べた末、聊か安心する所が有った様子で、「イヤまさかに貴方が、私を其の筋へ訴えもなさるまい、顔形を砕かれたのは残念ですが、成るほど三千ポンドの代りと思えば致し方が有りません、断念《あきら》めましょう、貴方も最う長居する用事は有りますまい、サア御勝手にお帰り成さい」云いつつ此の室の鉄の戸を開き余に指し示した。余「勿論長居する事は有りません、帰ります」後をも見ずに立ち去ろうとすると先生は最後の一言を吐いた。「念の為申して置きます、若し是で最う秀子の素性を証明する物がないなどと安心して私をイヤ私の職業を其の筋へ訴えなど成さると間違いますよ、此の顔形は此の頃権田時介氏の注文に由り、別に一組同じ物を作りましたから」
第八十五回 帽子を眉深に
権田時介に頼まれて同じ顔形を作ったと云う先生の最後の一語は、嘘か実か、或
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