呆れる様子もなく、余が思ったより寧ろ深く余の言葉に動かされた様子で、是から暫しが間、無言で何事をか考えたが頓て「成るほど根西夫妻が鳥巣庵《とりのすあん》を引き払って以来、高輪田氏が此の家の客と為って逗留して居るのは何う云う心か私にも聊か合点の行かぬ所は有ります。けれど彼が此の件に関係して居ようとは思われません」余は此の言葉に聊か力を得て「関係して居ぬとは云えますまい、第一彼が叔父へ密書を送ったと仰有ったではありませんか、夫が此の事件の初《はじま》りでしょう」森「所が其の密書は秀子を憎む為ではなく、全く秀子の為を思って親切から仕た事だとは貴方の叔父上が能く認めて居るのです」余「エ、秀子へ親切の為に秀子のことを悪様に叔父へ密告したのですか」森「イヤ悪様にと云うと違います。尤も私自ら其の密書を見た訳ではなく、唯叔父上の話に由ると、単に事実を書いたので、秀子の口から叔父上へ云わねば成らぬ事柄だのに秀子自ら云い得ぬ為、見るに見兼ねて云って遣ったのだと云う事です。全く秀子の身の為になり相です」
其の様な密告がある筈が無いと思うけれど、実際何事の密告で有ったか余も森も知らぬから言い争うわけにも行か
前へ
次へ
全534ページ中302ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
黒岩 涙香 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング