、一番機転の利くのは怪美人で、直ぐに卓子の上の水瓶を取り硝盃《こっぷ》に注いで差し出した、夫と見てお浦は遮り、一つは嫉妬の為かとも思うが声荒く怪美人を叱り「貴女は叔父の身体に触る事は成りません、気絶させたのも貴女です」と云って更に余に向い「道さん、此の女に立ち去ってお貰いなさい」と甚い見幕だ、余は「道さん」では無い、道九郎《どうくろう》だ、「道さん」とは唯幼い頃に呼ばれたに過ぎぬのに、何故かお浦は兎角他人の前でも猶更余を「道さん」と呼びたがる、エラク度胸の据った女だから此の様な際にも、余を自分の手の中の物で有ると怪美人へ見せ附けて居るらしい。
 怪美人は余ほど立腹するかと思いの外、真実叔父を気の毒と思う様子で「イヤお騒がせ申して誠に済みません、敦《いず》れお詫びには出ますから」と云うて立ち去ろうとする、余「イヤ少しも貴女が騒がせたのでは有りません」とて引き留めようとする中に叔父は聊か正気に復った、併し猶半ばは夢中の様で手を差し延べ、何か確かな物に縋って身を起そうとする、此の時其の手が丁度怪美人の左の手に障った、読者が御存知の通り左の手は異様な飾りの附いた手袋で隠して居る、怪美人は少し遽
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