り二十余年前に、双方少しの誤解から細君と不和を起し、嵩じ/\た果が細君は生まれて間も無い一人娘を抱いたまま家を出て米国へ出奔した、叔父は驚いて追い駆けて行ったが彼地へ着くと悲しや火事の為其の細君の居る宿屋が焼け細君も娘も焼け死んで、他の焼死人の骨と共に早や共同墓地へ葬られた後で有った、是は有名な事件で新聞紙などは焼死人一同の供養の為に義捐まで募った程で有ったが、叔父は共同墓地を発《ひら》き混雑した骨の中の幾片を拾い、此の国へ持ち帰って改めて埋葬したけれど、其の当座は宛で狂人の様で有ったと云う事だ、其のとき既に辞職を思い立ったけれど間も無く検事総長に成れると極って居る身ゆえ、同僚に忠告され辞職は思い留ったけれど、其の時から自分が罪人に直接すると云う事はせず唯書類に拠って他の検事に差図する丈で有った、是より後は兎角神経が鎮らず、偶には女の様に気絶する事も有り愈々昨年に至り斯う神経の穏かならぬ身では迚《とて》も此の職は務らぬとて官職を辞したのだ。
此の様な人だから今夜も気絶したのだろう、兎に角余は驚いて抱き起こした、卓子の上の皿なども一二枚は落ちた、余は抱き起しつつ「水を、水を」と叫んだが
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