鋭い神経で、余の心が他の女に移る緒口《いとぐち》だと見たのでも有ろう、唯機嫌の好いのは余一人だ、三人三色の心持で、卓子《ていぶる》に附いて居ると、松谷秀子は、真に美人で無くては歩み得ぬ娜々《なよなよ》とした歩み振りで遣って来た、後に随いて来る其の連れは、余り貴婦人らしく無い下品な顔附きの女で年は四十八九だろう、成るほど非常に能く育った大きな狐猿を引き連れて居る、美人は第一に余に会釈し後に居る下品な女を目で指して、「是は私の連れです、虎井夫人と申します」と引き合わせた、苗字からして下品では無いか、併し其の様な批評は後にし、余は直ぐ様叔父に向い、美人を指して「是が松谷令嬢です」と引き合わせたが、叔父は立ち上って美人の顔を見るよりも、何の故か甚く打ち驚き、見る見る顔色を変えて仕舞ったが、頓《やが》て心まで顛倒したか、気絶の体で椅子の傍辺へ打ち仆《たお》れた。
第六回 異様な飾りの附いた手袋
幾等驚いたにもせよ、余の叔父が男の癖に気絶するとは余り意気地の無い話だ、併し叔父の事情を知る者は無理と思わぬ、叔父は仲々不幸の身の上で近年甚く神経が昂ぶって居る、其の抑《そもそ》もの元はと云えば今よ
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